告別式に見る葬儀での喪主の思い

告別式は、形式ではなくこだわりを持ちたいという喪主の思いが表れた葬儀に出会うことが増えました。

告別式に見る葬儀での喪主の思い

告別式に見る葬儀での喪主の思い

最近、音楽葬や友人葬など、告別式を形式的に行わず、故人に対する思いが表出したこだわりのあるものに出会うことが多くなりました。
職場関係などに公にせずに特定の人達だけに案内を出すというものもあり、喪主の思いが葬儀に全面に出ている葬儀が増えているようです。
そのような葬儀に出会う度に、私自身の最期を考える事も、よくあります。
自分は、どのような儀式を望むのか、告別式というのは、別れを告げると書きますが、いくら大々的で立派な葬儀を行ったところで、何人の人が心から別れを告げる式と思い、参加してくれているのであろうかと悩みます。
そんななあyみを思い切って解決すべく、斬新な葬儀を行う喪主に拍手を送りたくなるのですが、そんな思いを喪主を務めることで初めて知ったから、次に葬儀があるときは、思いにこだわった葬儀をしたいという人達が増えています。

最近、同僚達の中にも、告別式という式典は厳かであるべきなのに、談話に談笑する姿があちこちに見られるのは、どうなのだろうと深い極まりない顔をしていました。
どんなに贅沢に見映えの良い葬儀でも、故人に思い入れが強ければ強いほど、これは葬儀ではないと思うのでしょう。
告別式に対する参列者が心構えにおいて礼儀を失しているのが悪いとはいうものの、片付け仕事のような気持ちになるのも無理からぬところもあります。
自分を喪主や遺族に置き換えて配慮することもできないのは、それが葬儀という形式だと思っているのです。
もし、老齢の両親の最期がきたら、一日中遺族が酒を酌み交わし、故人の思い出話をしながら、心を込めたお経三昧にしたいと語る人もいます。
生きている間から葬儀などと何を縁起でもないと思うのですが、自分の葬儀計画を立て、葬儀会社にそのプランの実行を依頼して、葬儀代金を先払いしている人もいます。
わだかまりがなくなり、反って元気に余生を送っていると聞いています。
葬儀とは、故人にとっての希望を叶えるものであるのが理想的でしょう。

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