告別式に見る葬儀での喪主の思い

3年前に祖父が亡くなりました。そこでの葬儀の経験と死者の供養について、自分の将来について考えてみた。。

告別式に見る葬儀での喪主の思い

自分の葬儀と供養について

3年前のお盆の時期に祖父が他界しました。
晩年はボケも入ってきて私の名前も間違えるくらいに衰えていき、盆暮れ正月以外はほとんど施設で過ごすという日々だったと記憶しています。
私が幼少のときは毎週のようにじいちゃんちに遊びにいって、親類の中でも一番可愛がってもらっていました。
社会人になってからは忙しさもあり中々帰ることはできず、今となっては「もっと戦争の話とか聞かせてもらいたかったな・・・」なんて思っています。
そんな大好きだったじいちゃんが3年前のお盆の時期になくなりました。
それまで何年か帰省することができなかったのですが、今年は帰らなきゃなと思っていた矢先の出来事。じいちゃんが呼んでくれだんかな?と親戚の間でも話題にあがりました。
結局葬儀には間に合わずに納骨のときしか参加できなかったのですが、これをキッカケにかどうなのか、それ以降は毎年シーズンになると一人でもじいちゃんの供養に帰省しています。
年をとるにつれて、こういった先祖の供養というものを大事に思えるようになり、今ではじいちゃんの墓前でじいちゃんとお話をすることが嬉しくて仕方ありません。生きてるときにできればよかったんだけどね・・・

結構複雑な家庭環境で育った自分ですが、じいちゃんの死がキッカケで墓を継ぐことになる方向で話が進んでいます。
何十年も先の話だとは思いますが、自分がそのお墓に入るとき、子々孫々まで供養してくれることを期待するのと、葬儀はささやかでいいよっていうのを下の子たちに伝えられたらいいなと思う一方で、私が年寄りになって孫が生まれたときには、本当に嫌がらせレベルでも何でもいいから孫たちに自分の経験してきたことを伝えていきたいと考えています。

最後に、自分の葬儀についてはささやかでいいという考えを持っていますが、自分以外の家族の葬儀はきっちりやりたいなと。あっちの世界に元気よく旅立ってもらいたいですからね。